United States
バンクーバー、シアトル経由でアンカレジへ



バンクーバーへ


JAL航空軌跡


アンカレジは1980年代までは東アジアから欧州、北米への航空中継地として重要な役割を担っていた。その理由は
ソ連邦および中国が自国の上空を開放していなかったためである。その当時のジェット機は今のように長距離を燃料
補給なしに飛行することができなかった。スカンジナビア航空は東京ーコペンハーゲン間の最初のフライトを
1957年に開始した。日本航空もアンカレジ経由のシアトル便を1960年代から、1987年まで運航し、多くの日本人が
アンカレジでの免税品を買い求めるような時代もあった。

筆者は1963年に日本帰国の途中、アンカレジで降り立ち、マッキンレー国立公園 (1980年にデナリ国立公園と改名 )
を列車で訪れたが、当時は道路もなく、鉄道が唯一の交通手段であった。再び、アンカレジの地に立ち寄ったのは、
1970年4月にはスカンジナビア航空 ( SAS )で、アンカレジ経由、欧州旅行に出向いた時だが、このときは北極の真上を
飛行した。1時間以上も続いたと思う、航空機内の温度は非常に低下し空気は乾燥、毛布に包まっても、とても寒かった
記憶が残っている。しかし、それは願っても叶うことのない得難い機会でもあった。その時、航空会社から発行された
北極点通過の証明書を今でも大切に持っている。

北極横断証明書
 
(L)SAS 北極横断証明書(1970年4月25日発行)(R) A new air route between Tokyo and Helsinki 2022


2022年、ロシアのウクライナ軍事侵攻を受け、日本とヨーロッパを結ぶ航空機がロシア上空を飛行することが, 再び
事実上、不可能になった。 このため、日欧の航空各社がロシアを避ける新ルートを開拓している。2022年3月9日に
成田〜ヘルシンキ線を再開したフィンエアー(フィンランド航空)は、北極海を横断する新ルートで運航した。
ヘルシンキを15時32分(協定世界時、TUC)に出発し、05時08分に成田に着陸している。所要時間は約13.5時間。
今までシベリア経由で9.5時間程度で到着したので、約4時間も余計にかかっている。



いわゆる「北回り」だが、アンカレジに寄ることなく、直行便なので飛行距離は11,000〜12,000kmくらいと推定できる。
使用機材はカタログ上の航続距離は14,350kmの最新鋭のA350-900である。





(L) バンクーバからアンカレジに到着したアラスカ航空機
(R) 空から見たマッキンレー山

アラスカ連山を右手に

アンカレジ付近の地形図

アラスカ航空機は極めてゆっくりと高度を下げていった

雄大なアラスカ連峰に囲まれたアンカレッジ市が見え始めてくる

(左)空から見たアンカレジ市街(右)アンカレジ国際空港

1950年代-1963年のアンカレジ・メインストリート


筆者が1963年8月にアンカレジを訪れた時に出された、定価1ドルの食べきれない大盛りの食事が出されたことが
とても印象深く、日記メモに記載されている。しかし、その 9ヵ月後に巨大地震が発生、アンカレッジの街は大きく
破壊されることなど誰も予測していなかっただろう。

アラスカ

人口は710,000人ほどであり、その約半分はアンカレッジ都市圏に住んでいる。州都はジュノー市で、最大都市は
アンカレッジ市である。アメリカ合衆国の州の中では面積最大であり、東はカナダ、北は北極海、西と南は
太平洋と接し、西のベーリング海を隔ててロシアとも海上の国境がある。アンカレッジはかつてアジアとアメリカ
およびヨーロッパを結ぶ航空路線の寄港地として知られていた。

アメリカ合衆国の州の中では人口密度の最も少ない州でもある。アラスカは1867年3月30日にロシア帝国から
アメリカ合衆国が 720万USドルで買収した。イギリスへの売却も検討されたが、シベリア極東部が英国の軍事的
脅威に晒される憂いのため、米国を選んだ経緯がある。一方、アメリカが産業革命によって急速に発展を始め、
アメリカによるカナダ併合の危機が高まったため、英国議会はカナダを統一の目的で、1867年7月1日に英領
北アメリカ法を制定し、自治領カナダ政府を成立させた。アラスカは、買収後幾つかの管理形態の変遷を経て、
1912年にアラスカ準州、1959年にアラスカ州となった。


北極海の港から太平洋の港までオイルを運ぶアラスカパイプライン

ポータージ氷河

デナリ国立公園とマッキンレー山(北米最高峰)

(左)アラスカ鉄道は観光客の人気の的(右)遠くアラスカ・フェアバンクス駅まで出向く日本人マニアは少なくないようだ(日本語警告)


デナリ国立公園


デナリ国立公園は、アラスカ州内陸部に位置し、北米最高峰のマッキンリー山(デナリ)を含む米国の国立公園である。
国立公園の面積は、24,585 km2。「デナリ」 ("Denali") という言葉は、先住民アサバスカンの言葉で「偉大なもの」
を意味し、マッキンリー山自体を指す。マッキンリー山は、オハイオ州出身のウィリアム・マッキンリー大統領に因んで
名付けられたのだが、マッキンリーはこの地域と関係がなかった。1917年、マッキンリー山国立公園として設立された。
1976年、公園は生物圏保護区に指定された。今日では、野生動物の観察、登山、トレッキングを楽しむ40万人以上の
観光客が公園を訪れる。舗装は道路のごく一部(23.8 km)のみで、個人の乗用車は公園検問所の手前のところで
Uターンせねばならない。


デナリ国立公園公園検問所


アラスカ喫煙規制

喫煙規制に関してアラスカ州全体に対する法律は定められていないが、アンカレッジ、ジュノー市では2006年に
レストラン、バーを含む屋内全面禁煙制度を実施している。北部都市のフェアバンクスや地方ではこうした規制がない
ので心配していたが、調査したフェアバンクス市内全部のホテル内での全面禁煙、飲食店内での全面禁煙、国立公園を
含む景勝地では屋内全面禁煙を実行していて、気持ち良い旅行を楽しむことが出来た。

 
アンカレジから96キロの日本人経営のチナ温泉 - この温泉施設も屋内全面禁煙
   
(左)レストラン「Friday」の正面に掲げられている警告:
もしこの場所で吸っていっるのを見たら水をぶちまけますよ!
(右)ホテルの正面に「喫煙禁止施設」の標識

(右)ホテルの内部にも禁煙施設である旨の表示(英語以外ではドイツ語、日本語で注意)
(左)アンカレジからフェアバンクスまで約12時間かかるが、その全行程で列車内禁煙


世界の鉄道は全面禁煙

喫煙者のためにホームに喫煙所を設け、喫煙車両を何ら疑問なく運航し喫煙ブースを設けている日本の鉄道( JR東海、
JR西日本、近畿日本鉄道)の無知、馬鹿さ加減には返す言葉もない。外国人観光客の増加している今、喫煙者優遇
設定は日本のクリーンなイメージを相殺しかねない。税金から喫煙室設置への財政補助を行う政府、地方自治体は
日本以外に存在しない。[注]JR東海、JR西日本、JR九州は列車内喫煙室を2024年春に廃止すると発表している。



アラスカのガードウッドの西武グループが建設したホテル(現在はアメリカ人が所有)レビューでホテル内で喫煙
出来ないできないことを非難していた書き込みがあったが、多分、日本人観光客からのものであろう。アラスカに
限らず屋内では喫煙しないことが世界の常識となりつつあることを受け入れることができないのなら、外国旅行を
止めたほうがよい。屋内全面禁煙のアラスカでは冬季には零下40℃くらいまで下がることもまれではない。それでも
タバコを吸いたければ外に出るしか手段はない。


English Version 英語版


アラスカ 日本語版
2014年9月撮影 2014年9月執筆 2022年3月加筆
執筆 医学博士 宮本順伯
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This information was provided by the Smokefree Hotel and Travel.
The photographs were taken in September 2014, and article was written in September 2014.
An information was added in March 2022,
by Junhaku Miyamoto, M.D., PhD.
Copyright (C) 2014 Junhaku Miyamoto, PhD. All right is reserved.



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