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サマータイムは迷惑千万
1999年3月11日付朝日新聞論壇掲載記事
院長執筆
政府の地球温暖化対策に沿って設置された「地球環境と夏時間
を考える国民会議」が今月三日、時計の針を夏だけ一時間進める
サマータイム制度を、二○○一年にも導入するよう提言した報告書
骨子をまとめた。国会にも、不況の今こそサマータイムを実現すべ
きだとの主張があるという。昨年十一月の総理府世論調査で賛成
が過半数となったことも、導入を加速しそうな気配だ。
戦後まもなく占領軍の指令で実施された「夏時刻法」は、夜間の
超過労働をもたらすなど国民の評判が悪く、四年間で廃止された。
今回の導入の狙いは地球温暖化防止と、生活の「ゆとり」の創造に
あるとされている。政府は、サマータイムによって照明や冷房の
需要が減少し、原油換算で年に約五十万リットルの省エネが達成
できるとしている。
果たしてそうであろうか。 まず、欧米と日本の風土の違いに誤算
がある。私はカナダに居住したことがあるが、カナダは北欧と同じ
くらい緯度が高いため、夏の夕暮れはからりと乾燥して明るく、非常
に快適である。そのうえ公園は広大であり、ゆったりとくつろげる。
日本は、こうしたアフターファイブを満喫できる状況ではない。日本
の夏は蒸し暑い。早く帰宅しても、冷房を入れてテレビを見ながら
過ごすという人が多いだろう。涼を求めて、ドライブする人もいるだろ
う。政府の思惑とは裏腹に、エネルギー消費が減るとは考えにくい。
サマータイムの実施は、一個の時計の針を一時間進めれば済む
というものではない。 テレビ、ビデオ、留守番・携帯電話、洗濯機、
炊飯器、タイマーコンセント、電気温水器、エアコン、オーディオ、
ファクス、ワープロ、パソコン、カメラ、自動車……。身の回りの
あらゆる製品に時計が付いている。すべての時刻を年二回、変更
しなければならない。政府は、サマータイムの導入で省エネへの
意識改革も期待している。だが、家庭用電子製品が世界一普及し
ている日本では、時刻を変更する煩わしさは国民の怒りを誘発す
るだけであろう。
企業にとっても、コンピューターや関連機器のプログラムを組み
替えるための労力と経費は、膨大なものとなる。交通機関も、複雑
な時刻の調整を強いられる。全国で十六万台を超える交通信号機
の制御プログラムや内蔵カレンダーを書き換えるには、五百億円
もかかるという。
サマータイムはまた、生き物としての私たちのバイオリズムを
も無視する。人間の体には、二十四時間体内時計が内蔵され、
生命のリズムを刻んでいる。朝は目覚まし時計で起床できても、
夜は人工的に就寝時間を設定することはできないのである。
その結果、屋外活動などで体力を消耗させない限り、毎日一時
間の睡眠不足となり、慢性的な疲労と体力の消耗を引き起こす。
このことは戦後の夏時刻で体験済みである。
省エネのため夏は早く仕事を始めるべきだとするなら、まず
官庁が九時始業を八時始業にすればよい。民間企業が始業
時間を早めるかどうかは、それぞれにゆだねるのが妥当であろ
う。始業時間がまちまちになれば、通勤ラッシュも緩和される。
ゆとりある生活の創造という言葉の響きは良いが、五十年
近くも何ら問題なく刻んできた全国の標準時間を強制的に早め、
個人の生活の安らぎを崩してまでも、サマータイムは施行す
べきものなのか。全国一律の時刻変更よりも、一人ひとりが
休暇を取りやすくすることこそが、本当のゆとりではないのか。
大気汚染を減らし、エネルギーの浪費を極力抑えていくこと
は、至上命題である。しかし、その手段としてサマータイムを
導入しても、解決策にはならない。エネルギー浪費の源をきめ
細に見直し、炭素税(環境税)を導入し、環境に配慮した製品
に対しては税制面で優遇し、車優先社会を見直して二酸化炭
素排出量の削減を誘導するなど、手段はほかにいくらでもある
はずだ。
著作権は宮本順伯および朝日新聞社に帰属
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