![]() Taiwan was built on a strange and complicated history. ![]() |
A history of Taiwan at the mercy of the waves of the times
台湾の歴史は波乱に富んでいる。16世紀初頭、最初に上陸したのはポルトガル人だが、やがてオランダの統治下に
入る。その後清朝の支配を受けるが、1894年に清朝が日本と戦った日清戦争で清朝は日本に敗北した為、翌年、
1895年に台湾は清朝から日本に割譲された。日本統治時代の始まりである。
台湾が注目されるようになったのは16世紀の明朝時代になってからである。台湾の戦略的重要性に気がついた
オランダやスペインが台湾島を「領有」し、東アジアにおける貿易・海防の拠点としていた。 ヨーロッパ船
として初めて台湾に到達した船はポルトガルの船であり、ポルトガル人船員が緑に覆われた台湾島に感動して
「Ilha Formosa(麗しの島)」と叫んだという伝承から、台湾の別称である「Formosa(フォルモサ)」が
誕生したとされている。
台湾島の領有を確認できる史上初めての勢力は、17世紀初頭に成立したオランダの東インド会社である。
東インド会社はまず明朝領有下の澎湖諸島を占領した後、1642年にスペイン勢力を台湾から追放することに
成功している。 しかし、進出開始から37年で台湾から全て駆逐されてしまった。
その後の鄭氏一族による台湾統治は3代 実質21〜23年間続いた。
1683年から1895年まで統治した大清帝国は台湾に自国民が定住することを抑制するために女性の渡航を禁止した
ので、漢民族と平地に住む原住民との混血が急速に進み、現在の「台湾人」と呼ばれる漢民族のサブグループが
形成された。
1895年に清が日清戦争に敗北し、締結された下関条約に基づいて台湾は日本に割譲された。これ以降、台湾は
日本の外地として台湾総督府の統治下に置かれることとなる。 「農業は台湾、工業は日本」と分担することを
目的に台湾での農業振興政策が採用され、各種産業保護政策や、鉄道を初めとする交通網の整備、大規模水利
事業などを実施し、製糖業や蓬萊米の生産を飛躍的に向上させた。また経済面では専売制度を採用し、台湾内で
の過当競争を防止するとともに、台湾財政の独立化を実現している。 初期段階の抗日武装運動に対しては、武力
鎮圧で対応していた。その後は近代化を目指し台湾内の教育制度の拡充を行った。義務教育制度が施行され、
台湾人の就学率は1943年の統計で71%とアジアでは日本に次ぐ高い水準に達していた。義務教育以外にも主に
実業系の教育機関を設置し、台湾の行政、経済の実務者養成を行うと同時に、大量の台湾人が日本に留学した。
台湾の併合にあたり、台湾人には土地を売却して出国するか、台湾に留まり日本国民になるかを選択させた。
当時の台湾は衛生状態が非常に悪く、後藤新平が近代的な上下水道を完成させ、台湾南部の乾燥と塩害対策として、
八田與一が烏山頭ダムと用水路(嘉南大圳)を建設した。
太平洋戦争が勃発すると、台湾は日本の南方進出の前哨基地として重要戦略拠点として位置づけられる。軍需に
対応すべく台湾の工業化が図られ、水力発電所を初めとするインフラ整備もこの時期に積極的に行われた。しかし
戦争末期にはアメリカ軍の空襲を受けるなど台湾も爆撃などを受け、目標としていた工業生産を達成することなく
終戦を迎えた。
1945年の日本降伏後、連合国に降伏した日本軍の武装解除のため、蔣介石率いる中華民国の国民政府軍の、約1万
2,000人と官吏200余人が、米軍の艦船から台湾に上陸した。 事実上、蔣介石と中華民国政府による台湾の直接
統治が行なわれることとなった。 台湾に逃れた蔣介石は戒厳令を敷いて不穏分子を取り締まり、特に本省人の
知識人を弾圧した。一方で大陸から台湾に逃れた数十万の軍人を養うためにも大規模開発が必須であったことから、
大陸から運び込んだ莫大な資金を用いて開発独裁が行われた。鉄道の北廻線や蘇澳港開発など、十大建設が実施
され、台湾経済は軽工業から重工業へ発展していく。
一方、大陸を完全に掌握し中華人民共和国を樹立した共産党は、台湾攻略を目標とした金門島攻撃に着手したが、
要塞に立てこもる中華民国軍や台湾海峡を航行するアメリカ第七艦隊を打破することができず、侵攻を放棄した。
共産勢力に対抗するためにアメリカは台湾を防衛する意志を固め、蔣介石に種々の援助-美援(米国援助)を
与えた。
ベトナム戦争が勃発すると、アメリカは台湾から軍需物資を調達し、その代償として外貨であるドルが大量に
台湾経済に流入したことで、台湾経済は高度成長期に突入することになる。 かつては日本領であった経緯から、
台湾は日本との経済的繋がりが強かったが、この頃から台湾経済はアメリカ経済との関係を親密化させて行く。
多数の台湾人がアメリカに留学、そのままアメリカに在住し台湾とのビジネスを始めるなど、太平洋横断的な
ネットワークが構築され、中でも台湾人が多く住んだカリフォルニアの影響を受けて電子産業が育ち、国際
メーカーが誕生した。
1960年6月★、台北訪問時に蒋介石総統の隣で観衆に手を振るアイゼンハワー米国大統領
★同年同月は、筆者の初めての渡米時期と重なる
国民党主席についた中華民国総統、台湾生まれの李登輝は台湾の民主化を推し進め、1996年には台湾初の総統
民選を実施、総統に選出された。 社会的には蔣介石とともに大陸から移住して来た外省人と、それ以前から
台湾に住んでいた本省人との対立があったが、国民党はそれを強引に押さえつけ、普通語教育、中華文化の
推奨などを通して台湾の中華化を目指した。しかし、1972年、ベトナム戦争の行き詰まりから、米中が国交を
樹立すると、台湾は国連から追放される。日台間の外交関係も解消されるが、日本と台湾は民間レベルでの
積極的な交流をその後も継続しており、緊密な友好的な関係を築いている。日本と台湾は貿易相手としても互い
に欠かせない存在である。
アメリカは自由陣営保持の観点から台湾防衛を外交命題としている。 アメリカ自身、中国に対する脅威論、
友好論が錯綜し一定の方針が定まっていないため、対台政策も一貫せず、台湾は独自性を強めざるを得ないとの
見方もある。こうした中、アメリカの庇護下で、中国の周囲には日本、韓国、フィリピンと共に共産圏封じ込め
ラインの存在がある。
経済面では、2022年の時点で中国は台湾の輸出額の約25%、輸入の約20%を占めており、最大の貿易相手と
なっている。台湾では経済の知的集約化、サービス化の進展により台北への人口集中が進み地方との格差
問題も顕在化している。景気低迷による格差拡大、出生率低下による高齢化、高い離婚率、同性婚の法制化
など、社会の成熟による問題も噴出している。 文化面では中国、日本、欧米の影響を強く受けているが、
ナショナリズムの高揚に連動するかのように、台湾独自の文化も勃興している。
2016年、中華民国総統選挙で民進党の蔡英文が国民党を破って当選し、初の女性台湾総統となった 蔡英文
総統は、「民主主義、自由、人権は普遍的価値です。日本も含めた民主主義陣営は、民主主義の価値を守る
ために今こそ団結すべきです」と。一方、北京当局は台湾に対し、香港と同じ『一国二制度』による統一を
呼び掛けた。しかし、蔡英文は「この制度が実現不可能であることは現在の香港によって証明されており、
北京政府の言葉を信用するのは難しい。北京政府による『一国二制度』の提案は、絶対に受け入れられず、
将来の選択肢にさえ入っていない」「台湾の一貫した立場は、圧力に屈服せず、支持を得ながらも暴走し
ない」と中台統一を拒否している。
2024年の台湾総統選挙では、民進党・頼清徳氏が当選、台湾の独立を継承する構えだが、立法院の第1党は
野党となり、難しい舵取りを強いられている。
台湾、香港からの移住支援へ
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台湾政府は政治的理由で香港からの移民を経済的に支援
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台湾総統は民主化を求める香港からの移民、就学、起業、起業の台湾移転を支援すると声明 ( 2020.6.19 )
一国二制度は実行不可能との認識を明らかにした蔡総裁( 2020.7.01 )
Taiwan 2009
Smoke-free Taiwan Yaoyuan Airport
Taiwan High Speed Rail
Taiwan Railway
Welfare and security support by Taipei MRT
Taipei along MRT line (Hot Spring Valley, National Palace Museum )
Taipei long MRT line ( Long Shan Temple )
Taipei along MRT line ( Taipei 101 Building )
Taipei along MRT line ( Grand Hotel Taipei, Chiang Kai-shek Memorial Hall,NationalTaiwanUniversity )
Kaohsiung MRT, Kaohsiung Airport
Kaohsiung City
Smoke-free public transportation
No smoking guest room in Taiwan
Smoke-free restaurant and bar in Taiwan
Smoke-free Hospital
A new era in a chinese culture and life in the island of Taiwan.
台湾桃園国際空港喫煙室を全廃
台湾高速鐵道(高鐵)
台湾鐵路(台鐵)
福祉、安全性重視のMRT
台北MRT沿線案内(北投温泉、故宮博物院、士林夜市)
台北MRT沿線案内(龍山寺)
台北MRT沿線案内(台北101)
台北MRT沿線案内(圓山大飯店、中正記念堂、台湾大学)
高雄MRT、空港
高雄市内案内
公共交通機関は全面禁煙
台湾のホテルは喫煙客室を全廃
台湾の飲食店は全面禁煙
台北の病院は全面禁煙
台湾・中華文化の再構築
Taiwan 2016
Railway trip in Taiwan 2016
Jiufen
Sun Moon Lake Hotel
Taipei Grand Hotel
Taipei Grand Hyatt Hotel
Taipei city tour 2016
Japanese influence on culture of Taiwan
台湾は数奇な歴史の上に立っている
執筆 医学博士 宮本順伯
画像引用 NHK BS, 参照資料、Wikipedia
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This information was provided by the Smokefree Hotel and Travel.
The photographs were taken and the article was written in February 2025,
by Junhaku Miyamoto, M.D., PhD.
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